AIに職人の代わりをさせない。判断基準だけを可視化する

何があったか

髙島屋と文京学院大学が連携し、型紙職人の減少によって新作制作が難しくなっている江戸小紋の課題に取り組むプロジェクトを始動しました。AIは職人に代わるものではなく「職人不足を補うもの」と位置づけられ、過去の作品を分析して職人の暗黙知を学習し、モチーフの入力に応じて伝統的な美意識に沿った配置案を生成します。最終判断は熟練職人が行う設計です。約1年の試行錯誤を経て2柄が誕生しました。

出典:PR TIMES「髙島屋と文京学院大学、AIと職人の共創で江戸小紋の図案技術継承に挑戦」(2026年9月18日)

解説

技能継承の課題にAIを使うと聞くと、人を機械で置き換える話に聞こえます。この事例の設計はそうではありません。AIが担うのは配置案の生成までで、最終判断は職人が下す。 置き換えではなく、判断基準の可視化です。

熟練者の持つ技能は、本人も言葉にできないことがほとんどです。「なんとなく違う」という感覚の中に、長年蓄積された規則が埋まっている。この規則を過去の作品から取り出して形にすれば、次の世代に渡せるものになります。研究として見れば、これは暗黙知の形式知化という古くからあるテーマで、大学が方法論を持っている領域です。

ここから企業が引き出せる問いは具体的です。自社の現場で、退職が迫っている熟練者は誰か。その人の判断のうち、マニュアルに落ちていないものは何か。それは記録として残っているか——図面、検査記録、過去の製品そのもの。残っていれば、分析の対象になります。

技能継承を人事課題として捉えると、採用と教育の話にしかなりません。研究テーマとして再定義すると、大学と組める課題になります。研究開発型の連携だけが産学連携ではない、ということの具体例です。

もうひとつ、企業側が百貨店であることにも意味があります。技術を持つメーカーではなく、売り場を持つ側が主導した。職人の技能が失われて困るのは、作れなくなるからではなく、売るものが無くなるからです。サプライチェーンのどこが最初に危機感を持つかは、必ずしも製造工程の内側とは限りません。

ただし、AIを使えば短期間でできる話ではありません。文京学院大学のプロジェクトは2019年に始まっています。 2021〜2022年にかけて江戸小紋のデザイン制作理論を11項目まで体系化し、2024年にプログラムによる自動配置を実証、2025年4月にAIアプリの開発に着手。髙島屋との産学包括連携協定は2025年9月で、新柄の発表はその1年後です。理論の体系化に数年を費やしたあとに、企業が入っている。 技能継承を大学と組んで進めたい企業は、この時間軸を見込んでおく必要があります。

ヒト×AIの共生による地域産業活性化プロジェクト(令和小紋プロジェクト)
2019年からの研究の歩みと、デザイン理論の体系化・アルゴリズム開発の経緯を公開。
文京学院大学 デザイン・シンキング研究センター
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