ヤマハ発動機が九州大学に持ち込んだのは、技術課題ではなかった

何があったか

九州大学とヤマハ発動機が、組織対応型連携契約を締結しました。九州大学の学術的知見と、ヤマハ発動機が新規事業の実践を通じて蓄積してきた実践知を融合させ、企業における新規事業のプロセスそのものを研究対象とします。最初の題材にはすでに両者が連携してきたカーボンクレジットなど自然資本分野のプロジェクトを取り上げ、これまで十分に可視化できなかった価値の評価に取り組むとしています。研究成果の社会実装、新たな共同研究の創出、人材育成につなげることを目指します。

出典:九州大学「九州大学とヤマハ発動機が組織対応型連携契約を締結」(2026年10月2日)

解説

企業が大学に持ち込むものといえば、自社では解けない技術課題というのが一般的なイメージです。この連携が珍しいのは、持ち込んだのが「自社の仕事のやり方」そのものだという点にあります。

新規事業の立ち上げがうまくいく条件は、担当者の経験として社内に蓄積されています。ただしそれは個人の勘と記憶の形で残っているだけで、言語化も体系化もされていないことがほとんどです。担当者が異動すれば消え、他部署へ横展開することもできません。この「言語化されていない組織の経験」を扱うことは、大学の研究手法が最も得意とする領域です。

最初の題材にカーボンクレジットなど自然資本分野が選ばれている点も示唆的です。この領域は、価値があることは分かっていても、それをどう測り、どう事業計画や会計に載せるかの方法論が定まっていません。評価の枠組みそのものを作る仕事であり、企業単独では客観性を担保しにくい。第三者性のある大学と組む意味が、はっきりと存在する領域です。

もっとも、「事業の進め方」を研究対象にする連携そのものは新しくありません。東京大学大学院経済学研究科には、2004年に発足したものづくり経営研究コンソーシアムがあります。トヨタ生産方式や全社品質管理に代表される、戦後の日本企業が築いた開発・生産・購買の仕組みそのものを研究してきた枠組みで、2024年7月時点で26社が参加。毎月の定例会は223回を数えます。現在は「価値づくり研究会」と「組織づくり研究会」の2つが動いています。

ものづくり経営研究コンソーシアム
2004年発足、参加26社。定例会223回。価値づくり・組織づくりの2研究会が活動中。
東京大学大学院経済学研究科 経営教育研究センター(MERC)
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つまり、技術ではなく仕事の進め方を大学と研究するという形には、20年の蓄積があるということです。そう考えると、ヤマハ発動機の事例で新しいのは対象のほうかもしれません。すでに確立した生産方式を後から分析するのではなく、まだ型の定まっていない新規事業のプロセスを、進めながら研究する。 教科書になった後ではなく、なる前に手をつけている点が違います。

ここから引き出せる示唆は2つあります。ひとつは、産学連携の入口は技術課題だけではないということ。ヤマハ発動機はもちろん研究開発部門を持つ会社ですが、今回持ち込まれたのは技術シーズを超えた事業構想そのものでした。ということは、連携を起案する部署も研究開発部門である必要はない。新規事業や経営企画の側から、自社の進め方そのものをテーマに大学へ相談する道があります。もうひとつは、組織対応型という契約形態の扱い方です。複数のテーマを横断して継続できるのが強みである一方、枠組みだけ作って何も動かない例も少なくありません。包括的な契約は、具体的な第一テーマが決まっているときに初めて機能します。

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