産学連携の相手は、大学の研究室だけではない──学会と組む、学会が組む

何があったか

日本認知症予防学会、博報堂、アイ・ブレインサイエンス、OptimAIze Consultingの4者が包括連携協定を締結しました。エビデンスに基づく認知症予防の社会的な仕組みづくりを目指すもので、学会が学術監修、博報堂がマーケティングと社会実装、アイ・ブレインサイエンスがアイトラッキングによる認知機能評価技術、OptimAIzeがAIシステム開発とデータ基盤を担います。

出典:博報堂「日本認知症予防学会、博報堂ら4者が包括連携協定を締結」(2026年9月12日)

解説

この座組みで学術面を担っているのは、特定の大学ではなく学会です。産学連携の相手を大学の研究室だけだと考えていると、この選択肢は視野に入りません。

学会を相手にする利点は2つあります。ひとつは、分野横断で研究者が束ねられているため、個別の研究室を探すより早く適切な人に辿り着けること。もうひとつは、分野全体のコンセンサスを踏まえた監修が得られることです。ひとりの研究者の見解に依拠すると、その分野の中で異論がある場合に後から足をすくわれます。エビデンスを前面に出す事業では、ここが効いてきます。

もうひとつ注目したいのが、役割分担の明快さです。学術・マーケティング・要素技術・システム実装の4つを分担し、それぞれ欠けている機能を補い合う設計になっています。自社に足りない機能を洗い出したうえで、誰と組めば埋まるかを考える。 連携の座組みを設計する際の手本として参考になります。

学会の側から読むと

ここまでは企業側の視点でしたが、学会の運営に携わる方にとっては別の示唆があります。

この協定で学会が提供しているのは、研究そのものではなく学術監修と、客観的な評価の仕組みづくりです。予防をうたう商品やサービスが増える一方で、その科学的な信頼性を生活者が自力で判断するのは難しい。その判断基準を誰が定めるのかという空白に、学会が入っています。会員の研究成果を発信する従来の活動とは別の、分野の評価軸そのものを引き受ける役割です。

ただし学会は、評価軸を作れても社会に広げる手段を持ちません。認知の形成、生活者に届く言葉への翻訳、計測技術、データ基盤——いずれも学会の機能の外にあります。学会にとっての産学連携は、研究費を得る話ではなく、自分たちの知見を社会に届ける経路を確保する話と捉えることができそうです。

言い換えれば、学会に足りていないのはマーケティング機能です。学会が抱えているのは、査読を経た発表の集合という質の高いコンテンツ資産ですが、抄録は専門用語で書かれ、会員に向けて並べられている。外の人間が読んで価値を判断できる形にはなっていません。研究の質とは別の問題として、誰に、どの言葉で、どの順番で届けるかの設計が抜けている。今回の協定で民間企業である博報堂が入っているのは、まさにこの機能を補うためと思われます。

学会の年次大会には、数百から数千の研究発表と、協賛・展示の事業会社が同じ会場に集まります。それでも会場の中で最適な相手に出会えているとは言いがたい。 企業側には、自社の課題から抄録集を引く手段がありません。プログラムは分野別・セッション別に並んでいて、「この課題に近い発表はどれか」という引き方ができない。研究者側も、来場している企業が何を探しているのかを知らない。同じ会場にいながらすれ違っているのが実情です。ここを設計し直すだけで、大会そのものの価値が上がります。

運営上の留意点もあります。学会が特定の企業と組むと、中立性への疑義が生じやすい。この協定が複数社との4者構成をとり、各者の役割を明示して公表している点は、その懸念に対する実務的な答えになっています。検討する場合は、監修の範囲をどこまでとするか、成果物に学会名をどう冠するか、会員にどう説明するかを先に決めておくことです。そのうえで、提供できるものを「監修」「評価指標」「会員ネットワーク」「教育コンテンツ」のように分解して言語化しておくと、企業からの打診に乗りやすくなります。

最後に手前味噌になりますが、先ほどの「会場内のすれ違い」は、当社が開発しているAI研究者探索プロダクト「研Q」が扱っている課題とほぼ同じものです。課題文を1行入力すると、関連する研究知見を持つ研究者を提示する——この仕組みは、大会の抄録データに対しても同じように機能します。 「自社の課題を入れると、今回の大会で聞くべき発表が並ぶ」。学会が会員と協賛企業に提供できる価値として、検討の余地があるのではないかと考えています。

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